近年、不動産オーナーの高齢化が進み、認知症発症や突然の体調変化による資産管理の困難さが社会問題となっています。とくに、空き家となる予定の自宅、賃貸中の土地・建物などを所有するケースでは、財産管理や相続対策は喫緊の課題です。ここでは、成年後見制度や遺言、民事信託など、生前のうちに活用を検討したい制度を紹介します。
不動産オーナーの高齢化に伴うリスク
不動産オーナーの高齢化には、認知症発症による資産凍結、相続を巡る争い、健康状態の悪化に伴う管理不全など、さまざまなリスクが伴います。これらのリスクに備えるためには、早期からの対策が欠かせません。
認知症発症による資産凍結の可能性
認知症を発症すると、判断能力の低下により、不動産の維持管理に大きな制限がかかります。法律行為の内容や結果について認識できる能力とされる「意思能力」が失われてしまうと、退去の手続き、入居契約、借地契約の処理、リフォーム依頼などのあらゆる取引に制限がかかってしまいます。ほかにも、収支管理や確定申告などの税務手続きにも支障をきたし、不動産経営の継続自体が危うくなりかねません。
不動産承継を巡るトラブル・争いの可能性
遺言書を残さずに相続が発生すると、相続人間で遺産分割協議が難航するケースが多発します。とくに家賃や地代といった収入がある土地などについては、経営方針を巡って相続人の意見が対立したり、相続税納付のための資金確保が問題になったりすることがあります。また、複数の相続人の権利主張が衝突し、収益物件の円滑な承継が阻害される事態も起こり得ます。
健康状態の悪化に伴う管理不全の問題
高齢化に伴い健康状態が悪化すると、不動産の維持管理にさまざまな支障が生じます。建物の日常的なメンテナンスが遅れがちになり、賃借人からの問い合わせや苦情への対応も滞りがちです。また、災害など緊急時の迅速な対応が難しくなり、家賃の収受や経費の支払いといった収支管理も不十分になりやすい傾向があります。こうした管理不全は、資産価値の低下につながりかねません。
成年後見制度|財産の凍結対策に

認知症などにより判断能力が低下した場合には、親族などを成年後見人(保佐人・補助人)として選任してもらい、財産管理や身上監護を行う「成年後見制度」を利用できます。制度には法定後見と任意後見の2種類があり、このうち判断能力があるうちに契約できる任意後見制度は、財産凍結への有効な対策となります。
成年後見制度の種類(法定後見・任意後見)
成年後見制度は、法定後見制度と任意後見制度に大別されます。法定後見制度は、すでに判断能力が低下している人を対象とし、その程度に応じて「後見」「保佐」「補助」の3類型があります。
上記のうち判断能力が著しく不十分とされる後見については、成年後見人に代理権が付与され、不動産の維持管理に必要な行為を含むさまざまな法律行為を代わりに行えます。保佐、補助についても、申立てにより代理権を付与してもらうことが可能です。
■後見の特徴
- 判断能力が常に不十分な状態のときに利用できる
- 家庭裁判所による「後見開始の審判」が必要
- 成年後見人に代理権、取消権(日常生活に関する行為を除く)が付与される
■保佐の特徴
- 判断能力が著しく不十分な状態のときに利用できる
- 家庭裁判所による「保佐開始の審判」が必要
- 民法で定める一定の行為※について同意権、取消権が付与される
- 申立てにより、上記のほかの行為についての同意見・取消権が付与される
- 申立てにより、家庭裁判所が認める範囲で代理権も付与される
■補助の特徴
- 判断能力が不十分な状態のときに利用できる
- 家庭裁判所による「補助開始の審判」が必要
- 民法で定める一定の行為※について、申立てにより同意権、取消権が付与される
- 申立てにより、家庭裁判所が認める範囲で代理権も付与される
※代理権に関して:居住用財産(成年被後見人の自宅)の売却などの行為については制限され、家庭裁判所の許可が必要です。
※民法で定める一定の行為とは:元本の領収、借財・保証、訴訟、贈与、新築・改築・増築または大修繕などが該当します。
一方、任意後見制度は判断能力があるうちに、将来の低下に備えて後見人と契約を結ぶ制度です。契約では財産管理や身上監護の範囲を自由に設定でき、家庭裁判所による後見監督人の選任をもって効力が生じます。費用面では、法定後見が申立費用と後見人への報酬が必要なのに対し、任意後見は公正証書作成費用と後見監督人への報酬が発生します。
■任意後見制度の特徴
- 判断能力が低下する前に任意後見人となる人と合意、契約締結しておく必要がある
- 後見開始は任意後見監督人選任の申立てによって行われる
- 後見の内容は契約内である程度自由に決められる
任意後見契約をおすすめする理由
任意後見契約のメリットは、後見人および後見人に与える権限を自由に設定できる点です。具体的には、下記のような点で任意後見契約のほうが自由度が高いといえます。
■後見人の指定
……法定後見では(候補者は指定できるものの)選任の権限は家庭裁判所にあるのに対し、任意後見契約では合意できる限り支援を受ける本人の意志で後見人を選べます。
■代理権の範囲
……法定後見では、自宅の売却など一定の行為について家庭裁判所の許可が必要になります。一方、任意後見契約では、事前に契約で権限を付与していることを条件に、事前に代理できる範囲を自由に決められます。
財産の管理については、法定後見制度では一定の行為(本人の居宅に関する取引など)について家庭裁判所の許可を得る必要があるところ、任意後見制度ではこの限りではありません。契約内で認めた範囲なら、家裁の許可なしに不動産などに関する取引ができます。
遺言|不動産の承継対策に

遺言(いごん)とは、生前の意思を書面にすることで、死後の財産の分割方法を指定する・一定期間に渡って遺産分割を禁止するなどといった効果をもたらすものです。不動産のように換価性が低く一体性の強い財産は、相続の際にトラブルを招きかねないため、遺言で分割方法を指定しておくのが良いと言えます。
遺言の方法・方式
遺言の方式には、自筆証書遺言と公正証書遺言が一般的です。自筆証書遺言は、遺言者が全文を自筆で書き、日付と氏名を記して押印する方式で、手軽に作成できる反面、方式不備による無効のリスクがあります。ただし、法務局の自筆証書遺言保管制度を利用すれば、遺言書の紛失や隠匿を防ぎ、家庭裁判所の検認も不要になります。
公正証書遺言は、公証人の面前で2人以上の証人立会いのもと作成される方式です。遺言執行者を指定することで、相続開始後の遺言内容の実現を確実にできます。遺言執行者には、遺産の管理や遺産分割などの権限が与えられ、相続人全員の合意がなくても遺言に従った遺産分割が可能です。
公正証書遺言のメリット
公正証書遺言は、公証役場で原本を保管してもらうことにより、紛失や偽造のリスクを限りなく小さくできます。最大のメリットは、専門家である公証人が本人の遺言能力(=財産状況や遺言の内容を理解する能力)を確認した上で作成に関与するため、内容の明確性が担保され、形式不備による無効も防止できる点です。
また、家庭裁判所の検認が不要なため、相続発生後すぐに執行に着手できる点も大きな利点です。これにより、相続人の負担を減らせます。
民事信託|財産の維持管理から承継対策まで

民事信託は、財産管理と円滑な承継を同時に実現できる制度として注目を集めています。成年後見制度や遺言と比べ、より柔軟な設計が可能で、不動産オーナーの意思を生かした資産承継を実現できます。認知症対策から次世代への承継まで、幅広い活用が可能です。
民事信託の基本的なしくみ
民事信託は、委託者(財産の所有者)が信頼できる人(受託者)に不動産などの財産を託し、受益者のために管理・処分してもらう制度です。信託された財産は受託者の名義となりますが、受託者の固有財産とは明確に分別して管理されます。信託財産は受託者の債権者から保護され、万が一の倒産時にも影響を受けません。
受託者には、信託の目的に従って誠実に信託事務を遂行する義務(善管注意義務)や、利益相反取引を避ける義務(忠実義務)が課せられます。これらの義務に違反すると、損害賠償責任を負う可能性があり、受益者の利益は法的に保護されています。
民事信託の活用例
不動産オーナーの民事信託活用例として、まず認知症に備えた財産管理が挙げられます。信頼できる家族などを受託者に指定することで、判断能力が低下しても円滑な不動産経営の継続が可能です。また、次世代への段階的な資産承継も実現できます。たとえば、1次受益者を配偶者、2次受益者を後継者とすることで、配偶者の生活を保障しながら、将来的な事業承継を確実にできます。
後継ぎ遺贈型の信託では、受益者を順次変更する設計も可能です。これにより、相続税の節税効果を得ながら、確実な資産承継を実現できます。さらに、信託目的に沿った柔軟な運用が可能なため、収益不動産の価値を損なうことなく、次世代に引き継ぐことができます。
まとめ
不動産オーナーの高齢化に伴うリスクに備えるには、成年後見制度、遺言、民事信託などの制度を適切に活用することが重要です。とくに民事信託は、財産管理と承継を一体的に設計できる点で有効な選択肢となります。
ただし、各制度にはそれぞれ特徴とメリット・デメリットがあるため、専門家に相談しながら、自身の状況に最適な対策を講じることをお勧めします。将来に向けた備えを早期に整えることで、大切な資産を確実に次世代へつなぐことができるでしょう。